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史跡コースを巡る上で見逃せないスポット紹介

館前遺跡(たてまえいせき) 外郭築地塀跡(がいかくついじへいあと) 外郭南門跡(がいかくみなみもんあと) 多賀城碑(たがじょうひ) 多賀城政庁跡(たがじょうせいちょうあと
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【館前遺跡(たてまえいせき)】

館前遺跡(たてまえいせき)

国府多賀城駅前の小高い丘に立地しています。発掘調査の結果、国司の館跡とみられる四面庇(しめんびさし)付建物跡を主屋とする建物跡6棟が発見され、1980年に特別史跡に追加指定を受けました。

県道脇に、震災復興のシンボルにとスイセンと桜を植えた所があります。

【外郭築地塀跡(がいかくついじべいあと)】

外郭築地塀跡(がいかくついじへいあと

多賀城は一辺約900mの不整方形の区画をなし周囲は築地塀で囲われていました。築地塀とは、土をつき固めてその上に屋根をかけたもので、底辺が約3m高さが約4mを超すものだったと想定されています。

【外郭南門跡(がいかくなんもんあと)】

南門は多賀城政庁から約380m南に立地していました。発掘調査の結果、門は高さ13.5mの重層門であったと推定されます。この門と築地塀は、780年の伊治公呰麻呂(これはりのきみあざまろ)の乱で焼失しています。

南北大路跡の表示と多賀城跡全体を示す模型が設置され、付近にトイレがあります。

【多賀城碑(たがじょうひ)】

奈良時代の古碑。碑面には141文字が刻まれており、多賀城の創建や修造について記されています。歌枕の「壺碑(つぼのいしぶみ)」とも呼ばれ、松尾芭蕉が訪れ碑と対面した感激を「おくのほそ道」に書き残しています。

【多賀城政庁跡(たがじょうせいちょうあと)】

多賀城は724年に創建され、陸奥国府(むつこくふ)と鎮守府(ちんじゅふ)が置かれた古代国家による東北支配の要衝でした。城内の中央には政庁がありました。平城宮跡、大宰府跡とともに日本三大史跡の一つに数えられています。

政庁跡北側の多賀城跡管理事務所前に駐車場とトイレがあります。

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【外郭東門跡(がいかくとうもんあと)】

東門は、奈良時代には東辺の築地線上に造られていましたが、9世紀初頭ごろには、東辺築地が城内に「逆コの字」状に入り込み、これに取り付く八脚門が建てられました。そして、築地が城内に屈曲する南隅(みなみすみ)と北隅(きたすみ)には櫓(やぐら)が付設されました。

付近に外郭北辺築地に至る散策路があります。

【陸奥総社宮(むつそうしゃのみや)】

平安時代中期ごろ、陸奥国府に赴任した国司が巡拝を一箇所で行うため、陸奥国(むつのくに)にあった100の神社を合祀(ごうし)して創建されたと伝えられています。塩竈神社に参拝するには、まず総社宮に詣でてからでないとご加護がないとされています。

塩竈街道沿いにあって、境内に老杉と白木蓮がそびえ、駐車場とトイレがあります。

【荒脛巾神社(あらはばきじんじゃ)】

塩竈神社の末社の一つに数えられ、腰から下の病気に霊験(れいげん)があると云われており、旅の安全を祈願する人々の信仰があります。多賀城の外縁にあることから、外的退散を目的として置かれたとされ、江戸時代には伊達家から社領が寄進されるなど由緒深い神社です。

近くに駐車場はなく、陸奥総社宮に駐車して徒歩で訪ねて下さい。この神社は民家の庭に接していますので、配慮して参拝して下さい。

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【多賀城廃寺跡(たがじょうはいじあと)】

多賀城跡南東約1㎞の丘陵上にあり、多賀城の付属寺院として奈良時代前半に建立されました。山王遺跡の発掘調査で発見された「観音寺(かんのんじ)」と墨書(ぼくしょ)された土器が発見されていますが、これは廃寺の寺名であると考えられています。

駐車場とトイレがありますが、付近の道路は狭いので注意して下さい。

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