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神社コースを巡る上で見逃せないスポット紹介

山王(さんのう)遺跡(国守館(くにのかみのたち)跡) 伏石(ふせいし) 貴船神社 六月坂地区 外郭東門(がいかくひがしもん)跡 陸奥総社宮(むつそうしゃのみや) 荒脛巾(あらはばき)神社 浮島神社
こんなコースもいかが?

追加コースα

【山王遺跡(さんのういせき)〔(国守館跡(くにのかみのたちあと)〕】

10世紀前半、都から陸奥国府に赴任した国守の館跡。国守はこの場所でも政務を行い、都の右大臣に昇進した祝いとして馬を贈ったことを示す木簡(もっかん)が見つかっています。また、敷地内からは、大木を刳り抜いた井戸枠や高級な陶磁器類も多数発見されています。

【伏石(ふせいし)】

弘安10年(1287)の年号が刻まれた鎌倉時代の板碑。昔、この石を起して立てたところ、この地に疫病が流行しました。占ってみると石を起したためであるというので、再び元のように伏せたという伝説があります。

塩竈街道のゆるやかな上り坂の途中にあります。

【貴船神社(きふねじんじゃ)】

五穀豊穣、海上安全、大漁の神とされ、古くから大小の木の船が献納されてきました。覆堂(おおいどう)を包み込むように枝葉を繁らせている樫(かし)の大木は樹齢470年です。

この神社は、民家の庭に接していますので、配慮して参拝して下さい。

【六月坂地区(ろくがつざかちく)】

多賀城政庁の北約300mの位置にあたります。西門から東門に繋がる道路跡が発見され、その南側から複数の建物跡が発見されました。四面庇(しめんびさし)付建物があったことから、格式の高い役所跡と考えられています。

【外郭東門跡(がいかくとうもんあと)】

東門は、奈良時代には東辺の築地線上に造られていましたが、9世紀初頭ごろには、東辺築地が城内に「逆コの字」状に入り込み、これに取り付く八脚門が建てられました。そして、築地が城内に屈曲する南隅(みなみすみ)と北隅(きたすみ)には櫓(やぐら)が付設されました。

付近に外郭北辺築地に至る散策路があります。

【陸奥総社宮(むつそうしゃのみや)】

平安時代中期ごろ、陸奥国府多賀城に赴任した国司が巡拝を一箇所で行うため、陸奥国にあった100の神社を合祀(ごうし)して創建されたと伝えられている。塩竈神社に参拝するには、まず総社宮に詣でてからでないとご加護がないとされています。

塩竈街道沿いにあって、境内に老杉と白木蓮がそびえ、駐車場とトイレがあります。

【荒脛巾神社(あらはばきじんじゃ)】

塩竈神社の末社の一つに数えられ、腰から下の病気に霊験(れいげん)があると云われており、旅の安全を祈願する人々の信仰があります。多賀城の外縁にあることから、外的退散を目的として置かれたとされ、江戸時代には伊達家から社領が寄進されるなど由緒深い神社です。

近くに駐車場はなく、陸奥総社宮に駐車して徒歩で訪ねて下さい。この神社は民家の庭に接していますので、配慮して参拝して下さい。

【浮島神社(うきしまじんじゃ)】

小さな丘の上に神社があります。周囲に民家がない時代には、まさしく浮島のように見えたことでしょう。近くに光源氏のモデルと云われる源融(みなもとのとおる)を祀ったといわれる大臣(おとど)の宮がありましたが、現在、この浮島神社に合祀(ごうし)されています。

神社コースを巡るルートマップ

こんなコースはいかが

【多賀城碑】

奈良時代の古碑。碑面には141文字が刻まれており、多賀城の創建や修造について記されています。歌枕の「壺碑(つぼのいしぶみ)」とも呼ばれ、松尾芭蕉が訪れ碑と対面した感激を「おくのほそ道」に書き残しています。

【多賀城政庁跡】

多賀城は724年に創建され、陸奥国府(むつこくふ)と鎮守府(ちんじゅふ)が置かれた古代国家による東北支配の要衝でした。城内の中央には政庁がありました。平城宮跡、大宰府跡とともに日本三大史跡の一つに数えられています。

政庁跡北側の多賀城跡管理事務所前に駐車場とトイレがあります。

【多賀城神社】

即位前に陸奥の大守を務めた後村上天皇と、天皇に仕えた北畠親房(きたばたけちかふさ)・顕家(あきいえ)父子が祀られています。政庁跡の整備に伴い、政庁内から現在地に遷されました。社殿は多賀城海軍工廠(こうしょう)の奉安殿(ほうあんでん)を移築したものです。

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